〈1〉 網羅的メタボローム解析による妊娠高血圧腎症の
   バイオマーカー開発と病因探索
   Global Metabolomic Analysis for Biomarker Discovery and Etiological
    Investigation of Pre-eclampsia

三枝 大輔

東北大学東北メディカル・メガバンク機構 医化学分野

 本研究の目的は、高精度質量分析計を用いた最新の分離分析技術を用いて、PE患者および正常妊婦の静脈血、尿、臍帯血、胎盤組織の網羅的・定量的なメタボローム解析を行うことにより、PEの高精度な早期診断バイオマーカーを開発するとともに、その病因・病態を解明することである。我々は、既に出産した妊婦21例の血漿250検体を用いることによる、質量分析メタボローム解析を実施した。LC-MSによるGlobal Metabolomics (G-Met) 及びGC-MSによるTargeted Metabolomics (T-Met) の結果、多くの一次代謝分子及び脂質分子が妊娠期間中に変動することを明らかにした。また、妊娠高血圧症発症例において、早期に血漿中濃度が上昇する代謝物 (アシルカルニチン及びメチル化アルギニン) を同定した。さらに、東北大学病院に保管された妊娠高血圧症候群を発症した患者から得られた血漿151検体のメタボローム解析を実施した。その結果、長鎖不飽和脂肪酸を構造に有するリゾリン脂質類が妊娠高血圧症候群発症において有意に血漿中濃度が高値となった。本研究により、新規に妊娠高血圧症の早期診断バイオマーカーの候補となった分子は、今後の妊娠高血圧症の病態解明及び新規診断技術の開発に大きく貢献すると考えられる。

略歴
2008.4 東北大学 大学院薬学研究科 博士課程後期3年の過程 医療薬科学専攻 進学
2009.3 東北大学 大学院薬学研究科 博士課程後期3年の過程 医療薬科学専攻 中退
2009.4 東北大学 大学院薬学研究科 がん化学療法薬学分野 助手
2012.9 博士号(薬学博士)取得
2012.10 東北大学 大学院薬学研究科 がん化学療法薬学分野 助教
2013.4 東北大学 東北メディカル・メガバンク機構 生物化学分野 助教
2014.4 東北大学 東北メディカル・メガバンク機構 医化学分野 助教
2015.8 東北大学 東北メディカル・メガバンク機構 医化学分野 講師
  現在に至る。

〈2〉 β2-グリコプロテインⅠ/ MHCクラスⅡ複合体に対する自己抗体測定の
   産科異常発症予知における有用性に関する研究
   Do the detection of autoantibodies against β2-glycoproteinⅠ/ MHC
    class II complexes have utility in predicting the risks of pregnancy
    adverse outcomes?

谷村 憲司

神戸大学医学部附属病院総合周産期母子医療センター産科

 我々は、MHC classIIがmisfoldされた抗原を提示し、さらに、抗原特異的なB細胞を直接活性化することを報告した。今回、misfoldされたβ2-glycoprotein I (β2-GPI )とAPSの病態との関連を調べた。
HLA-DRとβ2-GPIのco-transfectantは細胞表面にβ2-GPIを発現したが、β2-GPI単独のtransfectantでは細胞表面にβ2-GPIを発現しなかった。また、C,N末端それぞれをラベルしたβ2-GPIとHLA-DRのtransfectantを使って、misfoldされたβ2-GPIがHLA-DRに提示されることを明らかにした。さらに、ヒト抗カルジオリピン・モノクローナル抗体(EY2C9)と患者血清中の自己抗体がHLA-DRに提示されたβ2-GPIを認識した。種々のHLA-DRアレルにβ2-GPIを提示させたところ、APSに疾患感受性とされるHLA-DRA*01:01/HLA-DR B1* 07:01 (HLA-DR7)と HLA-DRA*01:01/HLA-DR B1* 04:02 (HLA-DR4)は、β2-GPIを良く提示するだけでなく、EY2C9の結合親和性も圧倒的に高かった。次に、β2-GPI/HLA-DR7複合体に患者血清中の自己抗体が結合することを利用して、新しいaPL測定系を創出した。この測定系では、従来のELISA法で陰性とされていた検体も陽性となっており、ELISA法よりも感度、特異度ともに高い可能性がある。APS患者の流産絨毛、コントロールとして健常人の流産絨毛を採取して、共焦点顕微鏡によるHLA-DRとβ2-GPIのdouble stainingと、Duolink proximity ligation assays (PLA)を行った。APS患者の流産絨毛では脱落膜(母由来)の血管内皮細胞にHLA-DRとβ2-GPIの共発現を認めたが、健常人の流産絨毛では共発現は認められなかった。β2-GPI単独、HLA-DR7単独、β2-GPI/HLA-DR7複合体を発現させたtransfectantにEY2C9を加え、補体を加えたkilling assayでβ2-GPI/HLA-DR7複合体を発現させたtransfectantが特異的に障害された。
神戸大学産科外来に通院していた正常妊婦78名の妊娠初期血清について抗β2-GPI/MHCクラスⅡ複合体抗体価を測定した。異常値であった6名中4名において、全くの健常者と考えられていた妊婦の経過中に血栓症や子宮内胎児死亡, 子宮内胎児発育不全, 胎児機能不全の胎盤機能不全に起因する有害事象が発症した。抗β2-GPI/MHCクラスⅡ複合体抗体の測定は、妊娠合併症の発症予知に有用である可能性が示唆された。

参考文献
1. Tanimura K et al. β2-glycoprotein I/HLA class II complexes are novel autoantigens in antiphospholipid syndrome. Blood 125(18): 2835-2844, 2015
参考図書
1. 谷村憲司ら、臨床免疫・アレルギー科、科学評論社、112-118, 2016
略歴
1999.3 神戸大学医学部医学科卒業
2000.4 神戸大学大学院医学系研究科(博士課程)入学
2004.6 医学博士取得
2011.7 神戸大学大学院医学研究科外科系講座産科婦人科学分野 助教
2012.3 大阪大学微生物病研究所免疫化学分野 招聘教官
2014.7 神戸大学医学部附属病院総合周産期母子医療センター産科 講師
現在に至る。

〈3〉 習慣・自然流産における胎盤機能異常と母児免疫の関わり
   :生体二光子顕微鏡による可視化解析 

    Placental dysfunction during abortion and maternal immunity
    : visualized by in vivo two photon microscopy

西村 

自治医科大学医学部分子病態治療研究センター分子病態研究部

 本研究では三つの母児免疫および胎盤機能を明らかにする新たな手法を確立した。一つは、申請者が独自に開発した生体内で分子・細胞機能を可視化する生体二光子イメージングである。生きている母体の子宮壁を通して、胎児・胎盤を動的に評価するシステムを確立した。胎盤循環、血栓・止血反応、さらには免疫細胞の動態が明らかになった。胎盤中の各部に存在する多様な形態の細胞を分別し、免疫反応を明らかにするために生体に特化したソフト開発もあわせて行い、自動的に母体・胎児の免疫細胞の種別を明らかにするシステムを開発した。一方で、子宮壁のぜん動運動によるアーティファクトは除くことが難しく、現在、先読み制御およびサーボモーター駆動を使った追跡可視化を試みている。また、胎盤ではTrophoblastの侵入、および、自発的な血栓反応がみられた。特に血小板凝集は高頻度かつ確率的に起きており、病態への寄与が示唆された。
もう一つは網羅的なヒト末梢血細胞の免疫反応解析である。今回は特に制御性T細胞にフォーカスして解析をおこなった。Pre-Eclampsia(PE)および正常妊娠の母体血液を比較したところ、両者間には有意な差を認めなかったが、週数がすすむごとにPE例では制御性T細胞の減少がみられた。
最後は、ヒト胎盤の可視化および遺伝子解析である。掻爬術例および流産症例の胎盤に対し、二光子観察および遺伝子解析を現在開始している。二光子観察では、母体・胎児の絨毛の交絡点が観察されており、上記の技術とあわせて母児免疫の全貌が明らかになると考えられた。

参考文献
1. Nagayama S, Ohkuchi A, Shirasuna K, Takahashi K, Suzuki H, Hirashima C, Sakata A, Nishimura S, Takahashi M, Matsubara S. The Frequency of Peripheral Blood CD4+FoxP3+ Regulatory T Cells in Women With Pre-eclampsia and Those With High-risk Factors for Pre-eclampsia. Hypertens Pregnancy 34(4): 443-455, 2015
2. Nishimura S, Nagasaki M, et al. IL-1alph induces thrombopoiesis through megakaryocyte rupture in response to acute platelet needs. J Cell Biology 11; 209(3): 453-66, 2015
3. Nishimura S, Nagasaki M, et al. ENPP2 contributes to adipose Tissue expansion and insulin resistance in diet-induced obesity. Diabetes 63(12): 4154-64, 2014
4. Nishimura S, Manabe I, et al. Adipose natural regulatory B cells negatively control adipose tissue inflammation. Cell Metabolism 18: 759-766, 2013
5. Nishimura S, Manabe I, et al. In vivo imaging visualizes discoid platelet aggregations without endothelium disruption and implicates contribution of inflammatory cytokine and integrin signaling. Blood 119(8): e45-56, 2012
6. Nishimura S, Manabe I, et al. CD8+ effector T cells contribute to macrophage recruitment and adipose tissue inflammation in obesity. Nature Medicine 15: 8, 914-920, 2009
略歴
1999.3 東京大学医学部医学科 卒業
1999.6 東京大学附属病院内科 研修医
2000.6 社会保険中央総合病院内科 研修医
2001.6 榊原記念病院 内科医
2001.12 東京大学附属病院 非常勤医員
2006.5 東京大学大学院 医学博士課程修了内科学専攻
2006.4 日本学術振興会特別研究員DC2
2007.4 日本学術振興会特別研究員PD
2008.10 東京大学循環器内科特任助教・JSTさきがけ研究員兼任
2008.11 東京大学医療ナノテク人材育成ユニット特任助教・さきがけ研究員
2009.4 東京大学TSBMI特任助教・さきがけ研究員兼任
2011.9 東京大学TSBMI特任准教授
2013.8 自治医科大学分子病態治療研究センター分子病態研究部 教授
現在に至る。

〈4〉 昼夜交替勤務が女性の生殖機能に及ぼす影響
   Effect of rotating shift work on female reproductive function

明石 真

山口大学時間学研究所

  先進国の労働者の20%が夜勤に携わっており、発展途上国においてもこの割合は増え続けている。それにもかかわらず、多数の研究報告により、夜勤によって生じる慢性的な時差ぼけが様々な疾患のリスクを上昇させることが強く示唆されてきた。その中の一つとして、夜勤によって性周期異常が生じることが疫学的に示唆されているが、直接的な因果関係は未だ証明されていない。今回の研究で、私たちは、夜勤のように慢性的に明暗サイクルを反転させると、マウスの性周期において甚大な異常が検出されることを明らかにした。重要なことに、総反転時間が同じ条件であるにもかかわらず、反転スケジュールの違いによって性周期に与える影響の強度が大きく異なることがわかった。具体的には、マウスの概日リズムの明暗反転に対する適応度が反転頻度の違いによって異なっており、これが性周期に及ぼす影響の強度と逆相関関係にあることが示唆された。現代社会において夜勤を減らすことは難しく、ましてや撤廃することは現実的ではないにもかかわらず、これまでのところ夜勤による健康被害を防ぐための根本的な解決方法は全く存在していない。マウスの報告を直接的にヒトへ当てはめて応用することは難しいかもしれないが、今回の結果は、夜勤の総時間を減らすこと無く、勤務スケジュールの最適化によって健康被害を大幅に減少できる可能性を示唆している。

略歴
2002.3 京都大学大学院理学研究科生物科学専攻博士課程 修了
2002.4 京都大学大学院生命科学研究科 日本学術振興会特別研究員 PD
2003.1 大阪バイオサイエンス研究所 日本学術振興会特別研究員 SPD
2004.10 佐賀大学医学部内科学 寄附講座教員
2007.10 佐賀大学医学部内科学 助教(循環器内科)
2009.10 山口大学時間学研究所 教授
現在に至る。


〈5〉 子宮内膜症における miRNAを介した脱落膜化機構の異常
    Decidualization differentially regulate microRNA expression in
   eutopic and ectopic endometrial stromal cells

甲斐 健太郎

大分大学医学部産科婦人科学講座

 【背景】卵巣子宮内膜間質細胞にヒストン脱アセチル化阻害薬(HDACI)としてバルプロ酸(VPA)を添加し、無添加の卵巣子宮内膜間質細胞を対照としたcDNA マイクロアレイを行い、発現が亢進した3遺伝子(MT1G、PPP2R2B、ABCB1)について検証した。しかし、RT-PCRの結果から、3遺伝子とも正常子宮内膜間質細胞と卵巣子宮内膜間質細胞との間に有意な発現変動を認めず、VPAによるこの3遺伝子のアセチル化は、子宮内膜症特異的な現象ではないと判断した。そこで、申請者らは、近年、エピジェネティクス機構のひとつとして考えられるようになったmiRNAに着眼した。
【目的】Progestinは、子宮内膜細胞の増殖抑制作用と子宮内膜の脱落化誘導能を有し、卵巣子宮内膜症性?胞患者に対する内分泌療法に用いられる。脱落膜化を制御するネットワーク経路は、mRNAや蛋白発現において解明されつつある。本研究の目的は、子宮内膜間質細胞における、マイクロRNA(miRNA)を介した脱落膜化機構の分子メカニズムを解明することである。
【方法】正常子宮内膜間質細胞および卵巣子宮内膜症性?胞間質細胞を分離・培養した。脱落膜化刺激としてdibutyryl cyclic-AMPとdienogestを添加し、12日間培養した。miRNA microarrayおよびgene expression microarrayを用いて、脱落膜化正常子宮内膜間質細胞(n=4)と脱落膜化卵巣子宮内膜症性?胞間質細胞(n=4)の発現解析を行った。次に、Insuline-like growth factor binding protein 1(IGFBP1)とprolactin(PRL)を脱落膜化の指標として、Ingenuity pathway analysisを用いたネットワーク解析を行った。
【結果】miR-30a-5pの発現増強が、脱落膜化正常子宮内膜間質細胞に認められた。一方、miR-210の発現増強が、脱落膜化卵巣子宮内膜症性?胞間質細胞に認められた。また、miR-30a-5pの下流にKruppel-like factor 9- IGFBP1経路とTolloid-like(TLL)1/TLL2/Paired like homeodomain 1/Period circadian clock(PER)2/PER3-PRL経路が、miR-210の下流にTyrosine-protein phosphatase non-receptor type 1-Growth hormone receptor-IGFBP1経路とE2F transcription factor 3-Thymidine kinase 1-PRL経路が抽出された。
【考察】miR-30a-5pが正常子宮内膜間質細胞の脱落膜化を制御するが子宮内膜症間質細胞ではこの制御機構が欠落していること、miR-210が子宮内膜症間質細胞の脱落膜化を制御することが明らかとなった。また、本研究によって、miRNAを介した脱落膜化調節機能の異常が子宮内膜症の病態形成に関与する可能性が示された。

略歴
2005.3 大分大学医学部 卒業
2005.4 大分大学医学部附属病院卒後臨床研修センター 医員(研修医)
2007.4 大分大学医学部附属病院産科婦人科 医員
2009.4 健和会大手町病院外科系診療部産婦人科 医員
2012.10 大分大学医学部産科婦人科講座 助教
2014.3 大分大学大学院医学系研究科 卒業
2014.4 大分大学医学部産科婦人科講座 教育医長
2016.11 中津市立中津市民病院産婦人科 医長
大分大学医学部産科婦人科講座 客員研究員
現在に至る。


〈6〉 筋と骨のネットワークシステムに着目した閉経後骨粗鬆症の病態機序の解明
   Novel role of interaction between muscle and bone in
   postmenopausal osteoporosis

河尾 直之

近畿大学医学部再生機能医学教室

 近年、筋と骨の相互関連(筋・骨ネットワーク)が注目されてきたが、その詳細な機構については不明である。本研究では、筋と骨の両者の恒常性維持に最も重要な要因であるメカニカルストレスによって筋で誘導される骨代謝調節因子を明らかにし、筋と骨のネットワークの視点から閉経後骨粗鬆症の新しい病態機序あるいは治療標的を明らかにすることを目的とする。実験にはメカニカルストレスとして3 gの重力環境で飼育したマウスを使用した。抗重力筋のヒラメ筋において、過重力は筋・骨ネットワーク因子であるインスリン様成長因子-1、線維芽細胞増殖因子2、オステオグリシン、イリシン、トランスフォーミング成長因子-β、マイオスタチンの発現に影響をおよぼさなかったが、フォリスタチン(FST)の発現を増加させた。マウス筋芽細胞株C2C12細胞で、FSTは筋分化因子の発現を増強し、筋蛋白合成に重要なmTORシグナルに関連するAktとS6キナーゼリン酸化を促進した。一方、FSTは筋分解に関連するAtrogin-1とMuRF1 発現に影響をおよぼさなかった。過重力によって、マウス血中FST濃度は増加したが、脛骨のFST 発現は変化しなかった。マウス骨芽細胞での検討において、FSTは骨分化因子発現に影響をおよぼさなかった。一方、マウス単球系RAW264.7細胞で、FSTはマイオスタチンの破骨細胞形成促進を阻害した。以上より、フォリスタチンは重力増加によって筋で産生され筋量増加に関わるのみならず、筋・骨ネットワーク因子として、マイオスタチンによる破骨細胞形成の促進を阻害することで骨にも正の作用を有することが明らかになった。現在、卵巣摘出によるマウス閉経後骨粗鬆症モデルにおいて、フォリスタチンの役割とその治療標的としての可能性について検討中である。新たな手法となるものと期待される。

略歴
2004.3 近畿大学大学院薬学研究科博士後期課程 修了
2004.4 近畿大学医学部第2生理学教室 助手
2007.4 近畿大学医学部第2生理学教室 助教
2011.4 近畿大学医学部再生機能医学教室 助教
2015.4 近畿大学医学部再生機能医学教室 講師
現在に至る。


〈7〉 メバロン酸合成経路を標的とした卵巣癌新規治療薬剤の検証
   TAn investigation of new drug for ovarian cancer targeting
   mevalonate pathway

小林 佑介

慶應義塾大学医学部産婦人科学教室

【目的】
上皮性卵巣癌に対する新規治療薬の開発は急務であり、近年他癌腫で腫瘍抑制効果が報告されているスタチン製剤を含めたメバロン酸合成経路阻害剤もその候補となりうる。本研究では臨床試験への移行を念頭に同阻害剤の細胞・腫瘍抑制効果とその作用機序、非臨床安全性を検証することを目的とする。

【方法】
卵巣癌細胞株にロバスタチンを投与し細胞増殖抑制効果を評価するとともに、非投与群との間でマイクロアレイ解析を行った。また, 卵巣癌自然発症モデルmogp-TAgトランスジェニックマウスとxenograftモデルマウスにロバスタチンを投与し腫瘍抑制効果を確認し、マウス血液を用いて血液検査および生化学検査を行った。さらにメバロン酸合成経路の各因子を阻害する化合物ならびにsiRNAを用いて特異的阻害点を探索した。

【成績】
卵巣癌細胞株4種におけるロバスタチンのIC50は0.78-1.22μMで細胞増殖抑制効果を示した。 投与後の細胞ではautophagy様空胞形成が認められ、autophagyマーカー蛋白LC3A/3Bの発現が上昇していた。マイクロアレイ解析では細胞周期に関わる遺伝子群の発現が最も変化しており、flow cytometryにおいても投与された細胞ではG1 arrestを認めた。mogp-TAgマウスおよびxenograftモデルではロバスタチン投与により有意に腫瘍抑制効果を示す一方で(p<0.01)、 体重や血液検査、生化学検査結果でcontrol群と差を認めなかった。メバロン酸合成経路下流分枝のfarnesyltransferaseをLonafarnib, siFNTBで、geranylgeranyltransferaseをGGTI-298, siPGGT1Bで阻害することで有意に細胞増殖抑制効果を認めた(p<0.01)。

【結論】
卵巣癌に対するメバロン酸合成経路阻害剤の細胞・腫瘍抑制効果と作用機序、その有用性を明らかにした。

参考文献
1. Kobayashi Y et al. Mevalonate pathway antagonist inhibits proliferation of serous tubal intraepithelial carcinoma and ovarian carcinoma in mouse models. Clinical Cancer Research 21: 4652-62, 2015
略歴 
2003.3 筑波大学医学専門学群卒業
2003.5 慶應義塾大学医学部研修医(産婦人科)
2007.4 慶應義塾大学大学院医学研究科博士課程(外科系産婦人科学専攻)入学
2011.3 慶應義塾大学大学院医学研究科博士課程所定単位取得退学
2011.4 慶應義塾大学助教(医学部有期)
2012.4 Johns Hopkins University School of Medicine, Postdoctoral Fellow
2014.7 慶應義塾大学医学部特任助教(産婦人科)
2015.10 慶應義塾大学助教(医学部有期)
現在に至る。


〈8〉 高齢閉経時における皮膚局所の性ステロイド合成を介した
   概日時計による肌機能制御機構

    Circadian regulation of sex steroids in aged skin after menopause

土居 雅夫

京都大学大学院薬学研究科医薬創成情報科学専攻システムバイオロジー分野

 皮膚はヒトにおいて最も強靭な概日時計機能をもつ臓器の1つである。また皮膚は、性ステロイドの産生器官でもあり、特に、閉経後の女性にとって皮膚で産生されるステロイドは重要な性ステロイドの供給源となる。このような中、我々は、時計遺伝子によって制御される新規のステロイド合成律速酵素3β-HSDを見出し、それが副腎皮質のアルドステロン産生細胞と皮膚の性ステロイド産生器官である皮脂腺に特異的に発現することをヒトおよびマウスにおいて見出した(Nat Med, 2010; Mol Cell Endocrinol, 2014; J Clin Endocrinol Metab, 2014; Mol Cell Endocrinol, 2015)。またさらに本酵素の発現調節機構を詳しく調べ直した結果、本酵素は時計遺伝子によって制御されるだけでなく、核内オーファン受容体NGFIBを介して刺激選択的な制御を受けることも明らかにした(Mol Cell Biol, 2014; Endocr J, 2015)。重要なことに、ヒトの皮膚皮脂腺細胞にもこのNGFIBが時計遺伝子とともに発現することを我々は示した(J Invest Dermatol, 2009; J Steroid Biochem Mol Biol, 2014)。皮膚に内在する概日時計は、周期的な環境変化(紫外線や乾燥の変動)にさらされる皮膚が外部環境に適応するための必須の機構と考えられる。我々が見出した3β-HSDの発現制御をさらに見極めることによって皮膚の重要な環境適応機構の一端が明らかになる可能性がある。

参考文献
1. Yarimizu D, Doi M, Ota T, and Okamura H. Stimulus-selective induction of the orphan nuclear receptor NGFIB underlies different influences of angiotensin II and potassium on the human adrenal gland zona glomerulosa-specific 3β-HSD isoform gene expression in adrenocortical H295R cells. Endocr. J. 62: 765-776, 2015
2. Konosu-Fukaya S, Nakamura Y, Satoh F, Ono Y, Felizola SJ, Ise K, Maekawa T, Takeda K, Katsu K, Fujishima F, Kasajima A, Watanabe M, Arai Y, Gomez-Sanchez EP, Gomez-Sanchez CE, Doi M, Okamura H, and Sasano H. 3beta-hydroxysteroid dehydrogenase isoforms in human aldosterone-producing adenoma. Mol. Cell. Endocrinol. 408: 205-212, 2015
3. Azmahani A, Nakamura Y, Felizola SJA, Ozawa Y, Ise K, Inoue T, McNamara KM, Doi M, Okamura H, Zouboulis CC, Aiba S, and Sasano H. Steroidogenic enzymes, their related transcription factors and nuclear receptors in human sebaceous glands under normal and pathological conditions. J. Steroid Biochem. Mol. Biol. 144: 268-279, 2014
4. Ota T, Doi M, Yamazaki F, Yarimizu D, Okada K, Murai I, Hayashi H, Kunisue S, Nakagawa Y, and Okamura H. Angiotensin II triggers expression of the adrenal gland zona glomerulosa-specific 3β-HSD isoenzyme through de novo protein synthesis of the orphan nuclear receptors NGFIB and NURR1. Mol. Cell. Biol. 34: 3880-3894, 2014
5. Doi M, Satoh F, Maekawa T, Nakamura Y, Fustin JM, Tainaka M, Hotta Y, Takahashi Y, Morimoto R, Takase K, Ito S, Sasano H, and Okamura H. Isoform-specific monoclonal antibodies against 3β-hydroxysteroid dehydrogenase/isomerase family provide markers for subclassification of human primary aldosteronism. J. Clin. Endocrinol. Metab. 99: 257-262, 2014
6. Yamamura K, Doi M, Hayashi H, Ota T, Murai I, Hotta Y, Komatsu R, and Okamura H. Immunolocalization of murine type VI 3beta-hydroxysteroid dehydrogenase in the adrenal gland, testis, skin, and placenta. Mol. Cell. Endocrinol. 382: 131-138, 2014
略歴
2003.3 東京大学大学院理学系研究科(生物化学専攻)博士課程 修了(理学博士)
2003.4 日本学術振興会特別研究員PD (東京大学大学院理学系研究科)
2004.4 日本学術振興会海外特別研究員 (フランス国立科学研究所IGBMC)
2006.4 神戸大学大学院医学系研究科 助手 (分子脳科学教室)
2007.6 京都大学大学院薬学研究科 講師 (システムバイオロジー分野)
2009.4 日本学術振興会 日独先端科学会議 planning group manager (兼任)
2011.1 京都大学大学院薬学研究科 准教授(システムバイオロジー分野)
現在に至る。



〈9〉 神経活性化による性ホルモン分泌を介した自己免疫疾患増悪機構の解析
   The characterization of the role of neural activation induced sex
   hormones in autoimmune diseases

有馬 康伸

北海道大学遺伝子病制御研究所分子神経免疫学分野

 多発性硬化症などの自己免疫疾患の発症はリプロダクティブエイジの女性に多く見られ、女性ホルモンなどの寄与が示唆されているがその詳細な機構は明らかとなっていない。女性ホルモンは、神経活性化により分泌制御され、ストレス等でその分泌が変化する一方で、女性ホルモン自身が神経活性化にも影響することが示唆されている。具体的には女性ホルモンが疼痛の閾値を低下させ、慢性疼痛を誘導することが知られている。女性は男性と比較して、月経により痛みを感じることが多いことから、この痛み自身がリプロダクティブエイジに多く見られる自己免疫疾患の病態に寄与するのではないかと考え、疼痛及び女性ホルモンの病態への寄与について研究を実施した。多発性硬化症モデルである実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)の症状が寛解したマウスを用いて、三叉神経結紮により痛み刺激を誘導するとEAE病態の再発が誘導された。この病態の再発が痛み刺激により誘導されていることを検証するために鎮痛剤を投与し、その病態再発について検証を行うと、病態の再発は顕著に抑制された。この病態再発の分子機構は以下の通りであった。痛み刺激による感覚神経活性化が、脳の前帯状回を介し、脊髄腹側血管を支配する交感神経を活性化させる。これにより脊髄腹側血管でノルアドレナリンが分泌され、そのシグナルを受け取った活性化モノサイトからCX3CL1が放出される。これにより活性化モノサイトがさらに脊髄腹側血管に集積した。第五腰髄がEAEの初発炎症部位であり、他の部位と比較し活性化モノサイトが顕著に多く存在したことから、再発時においてもこの部位が中枢炎症の起点となっていた。腹側血管に集積した活性化モノサイトは血中の自己反応性T細胞に抗原提示を行い、活性化した自己反応性T細胞はIL-17などのサイトカインを放出し、中枢神経系へ浸潤するとともに非免疫細胞でのケモカイン過剰産生機構「炎症回路」を活性化し、各種免疫細胞を集積させた。この炎症回路への女性ホルモン(エストロジェン、プロゲステロン)の影響について解析を行うと、炎症を抑制する傾向にあり、今回の痛みによる病態再発には寄与していないことが示唆された。本研究により今まで病気の副産物としてしか認識されていなかった痛みが,病気の進行や再発に大きな影響を与えることが今回明らかになったので,鎮痛剤等を用いた痛みの抑制や神経シグナルの抑制物質が自己免疫疾患、さらに痛みが症状に現れる各種疾患の病態進行・再発を防ぐ新たな手段になることが考えられる。また女性ホルモンが炎症を抑制することが示唆されているので、今後は病態時でのその量の変化、機序等を解析し、新規治療薬、治療法の創出を目指す。

参考文献
1. Arima et al. A pain-mediated neural signal induces relapse in murine autoimmune encephalomyelitis, a multiple sclerosis model. eLIFE 4:e08733, 2015
 
略歴
2012.3 大阪大学大学院生命機能研究科博士課程修了 (理学博士)
2012.4 大阪大学大学院医学系研究科免疫発生学教室 特任研究員
2013.4 大阪大学大学院医学系研究科免疫細胞生物学教室 特任研究員
2014.5 北海道大学遺伝子病制御研究所分子神経免疫学分野 特任助教
2015.3 北海道大学遺伝子病制御研究所分子神経免疫学分野 助教
現在に至る。
 


〈10〉 網羅的融合遺伝子探索による子宮体がんの新しい治療標的の同定
    Identification of novel taggetable fusion gene in endometrial
    cancer by using RNA sequencing data

吉原 弘祐

新潟大学大学院医歯学総合研究科分子細胞医学遺伝子制御講座

 融合遺伝子は、がん化の原因としてだけでなく、治療標的として注目されている。今回我々は、子宮体癌において網羅的に融合遺伝子を検索し、新しい治療標的を同定することを目的とした。
子宮体癌細胞株25例のRNAシークエンスデータを用いてPRADA (Pipeline for RNA sequencing Data Analysis )により、網羅的に融合遺伝子を同定した。また同定された融合遺伝子についてRT-PCRおよびサンガー法で確認した。次にキナーゼ融合遺伝子に注目し、その頻度をインフォームド・コンセントの得られた臨床検体122例で確認した。さらにキナーゼに対するsiRNA導入後の細胞増殖能の変化を検討した。
25種類の子宮体癌細胞株より合計124個 (median 3個, range 0-22個/細胞株)の融合遺伝子が同定され、37個 (29.8%)がin-frameな融合遺伝子であった。キナーゼ融合遺伝子を有する3細胞株で同定された29個の融合遺伝子のうち27個 (93.3%)で融合遺伝子の存在を確認した。臨床検体122症例において、3例 (2.5%) でPRKDC融合遺伝子を認めた。wild type PRKDCに対するsiRNA導入によりPRKDC融合遺伝子陽性細胞株では増殖抑制を認めたが、融合遺伝子特異的siRNAの導入では細胞増殖抑制を認めなかった。定量リアルタイムRT-PCRにより、AC010859.1-PRKDC融合遺伝子発現は野生型PRKDC発現に比べ、有意に低いことが明らかになった。
子宮体がん細胞株のRNAシークエンスデータを用いて網羅的融合遺伝子を探索した。PRKDC融合遺伝子はキナーゼ融合遺伝子として2.5%の症例で同定されたが、passenger alterationである可能性が示唆された。

参考文献
1. R. Tamura, K. Yoshihara, et al. Novel kinase fusion transcripts found in endometrial cancer. Scientific Reports 5: 18657, 2015
略歴
2003.3 新潟大学医学部医学科卒業
2003.5 新潟大学医学部附属病院産婦人科勤務
2004.1 関連病院勤務(佐渡総合病院、新潟市民病院、荘内病院産婦人科勤務)
2006.4 新潟大学大学院医歯学総合研究科分子細胞医学遺伝子制御講座(産科婦人科)入学
2009.4 新潟大学大学院医歯学総合研究科分子細胞医学遺伝子制御講座(産科婦人科)助教
2012.1 Postdoctoral fellow, Dept. Bioinformatics and Computational Biology, University of Texas MD Anderson Cancer Center
2014.7 新潟大学大学院医歯学総合研究科分子細胞医学遺伝子制御講座(産科婦人科)助教(復職)
現在に至る。


 第18回 神澤医学賞受賞講演 要旨

婦人科悪性腫瘍における包括的ゲノムプロファイルの
解明と個別化治療法の開発

Comprehensive genomic profiling and development of
personalized medicines in gynecologic cancers


織田 克利

東京大学大学院医学系研究科産婦人科学講座 准教授

はじめに
 近年、分子標的薬の開発・臨床応用が進められており、婦人科悪性腫瘍においても、子宮肉腫に対するパゾパニブ(マルチチロシンキナーゼ阻害薬)、卵巣癌に対するベバシズマブ(血管新生阻害薬)、外陰部等の悪性黒色腫に対するニボルマブ(免疫チェックポイント阻害薬)といった薬剤が実地臨床で用いられている。今後も様々な分子標的薬の臨床応用が期待されるが、薬剤の感受性を予測するバイオマーカーが明らかでない場合、臨床試験で十分なエビデンスが確立されず、有効な薬剤活用に結びつかないという問題が生じる。ゲノム解析技術の進歩により、網羅的遺伝子解析を従来よりも低コストで行える時代が近づいてきており、個々人のゲノムプロファイルによって治療法や薬剤の副作用を予測するような「個別化医療」「プレシジョン・メディシン」といった概念も定着してきている。これまでの研究において、婦人科悪性腫瘍(特に卵巣癌と子宮体癌)を中心に、ドライバーとなる遺伝子変異の同定、網羅的なゲノム解析、治療標的候補分子の同定、新規分子標的治療法の探索、治療効果や予後を予測するバイオマーカーの同定を行ってきた。これまでの研究成果と今後の展望について紹介する。

子宮体癌におけるRAS/PI3K経路の活性化の意義とその治療戦略
 子宮体癌では、KRAS変異、PTEN変異が高頻度(各々約20%と50-60%)にみられることが知られており、ともにPI3K (phosphatidylinositol 3-kinase) 経路の活性化に関与する。倫理委員会の承認と患者同意のもと、子宮体癌臨床手術検体 (n=89) を用いて、PI3K経路における他の遺伝子変異を検索した。その結果、PI3Kの触媒サブユニットp110αをコードするPIK3CA変異が36%に認められ、PTEN, KRAS変異と高頻度に共存することが明らかとなった [1-3]。さらに、同経路のAKT1遺伝子変異も2.2%に存在した [4, 5]。また、遺伝子変異以外に染色体コピー数異常もRAS/PI3K経路の活性化に関与しており、KRASを負に制御するNF1 (neurofibromin 1) のLOHが13%、PTENのLOHが28%、KRAS, PIK3CAのコピー数増加が各々13%、19%に存在した [6]。全体として、子宮体癌全体の96%でRAS/PI3K経路の遺伝子変異またはコピー数異常が存在しており、普遍的であることが明らかとなった [6-8]。
RAS/PI3K経路は上皮細胞の悪性転化に重要と考えられており、子宮体癌においてRAS、PTEN変異は子宮内膜異型増殖症の段階から高頻度に認められる。一方、PIK3CA変異は非浸潤癌ではほとんど認められない。そこで、不死化上皮細胞にKRAS変異、またはPIK3CA変異を導入し、足場非依存性増殖能を検討したところ、各々単独ではコロニーが形成されなかったが、KRAS変異とPIK3CA変異が共存した場合、コロニー形成能が飛躍的に上昇した [2]。以上より、子宮体癌では、PI3K経路の協調的な活性化が浸潤能獲得のプロセスに関わっており、PIK3CA変異が浸潤癌への進行に重要であることが示された。
近年、PI3Kとその下流のmTORを阻害する分子標的薬が開発されており、特にmTOR阻害剤は腎細胞癌をはじめとして日本でも保険収載に至っている。そこで、子宮体癌株 (n=13) において、PI3K/mTOR同時阻害剤 (BEZ-235)とmTOR阻害剤 (everolimus) の抗腫瘍効果を検討した。MTTアッセイにおいて、13株中12株において、BEZ-235のほうがeverolimusに比して、濃度依存性の増殖抑制効果が高かった [9]。特徴として、everolimusでは低濃度(2.5 nM以下)から標的蛋白(4E-BP1, S6)のリン酸化抑制がみられるが、BEZ-235ではmTORの標的蛋白のリン酸化抑制は同様に低濃度からみられるのに対し、AKTの標的蛋白(GSK-3beta、FOXO1/3a、MDM2等)のリン酸化抑制は高濃度(>50 nM)において認められた。BEZ-235は濃度依存的に細胞周期G1停止を誘導し、ヌードマウス皮下移植モデルにおいても有意に腫瘍増殖を抑制した。50%増殖抑制濃度からは、KRAS変異陽性株においてBEZ-235の感受性が低い傾向にあった。RAS変異はPI3K/mTOR経路以外にMAPK経路の活性化に深く関与している。実際に、PI3K/mTOR阻害剤とMAPK阻害剤(MEK阻害剤)を併用すると、相乗的な増殖抑制効果を示した [10]。また、放射線照射はPI3K経路を活性化することが知られており、子宮体癌株においても放射線照射によるPI3K経路の更なる活性化が生じうる [11]。子宮体癌株において、BEZ-235を添加すると放射線に対する感受性が高まる結果が得られた [11]。このようにPI3K/mTOR阻害剤をRadiosensitizerとして活用できる可能性が期待される。

子宮体癌における他の治療標的経路
子宮体癌において、化学療法抵抗性にオートファジーの亢進が関与しており、オートファジー阻害剤クロロキンがシスプラチン抵抗性子宮体癌株で感受性を回復させる可能性があることを示した [12]。また、SIRT6 (Sirtuin familyの一つ)が子宮体癌細胞において、がん抑制遺伝子としての作用を有し、survivin(抗アポトーシス因子)発現が抗アポトーシスに関与していることも報告した[13]。PARP阻害剤は主として遺伝性乳癌卵巣癌 (HBOC: Hereditary Breast and Ovarian Cancer) 症例で有効性が示されているが、BRCA変異陰性例でも有効な場合があり、我々は子宮体癌細胞株においてもPARP阻害剤に高感受性を示すものがあることを報告した [14]。

子宮体癌におけるゲノム不安定性と予後予測因子
 ゲノム不安定性はマイクロサテライト不安定性と染色体コピー数異常に大別され、子宮体癌(特に類内膜腺癌)ではマイクロサテライト不安定性が高頻度に認められる。子宮体部類内膜腺癌の臨床検体における解析の結果、マイクロサテライト不安定性は全体の34%にみられ、染色体不安定性と負に相関していることが明らかとなった。さらに、マイクロサテライト不安定性は予後良好な傾向を示したが、染色体不安定性は臨床進行期や分化度といった臨床病理学的因子とは独立した予後不良因子であることが明らかとなった [6]。
 ゲノム不安定性以外にも形態学的診断のみでは判断しがたい癌の生物学的特性が存在する可能性があり、サイクリン依存性キナーゼ (Cyclin Dependent Kinase; CDK) 活性に着目した。子宮体癌ではCyclin D1変異が存在しており [15]、RAS/PI3K経路の活性化の観点からも、CDK活性が子宮体癌における細胞増殖能と関連している可能性が考えられた。そこで、Cell Cycle Profiling (C2P)アッセイによってCDK4/5の酵素活性と発現量をもとにCDK4/6 Specific activity(CDK4/6SA)を臨床検体で測定した。その結果、Low risk群(主としてIA期や高分化型)では、CDK4/6SA高値は有意に予後不良因子であったのに対し、Low risk群(主としてIII/IV期)では、CDK4/6SA高値はむしろ予後良好であった[16]。すなわち、CDK4/6SAが予後予測、化学療法感受性予測のバイオマーカーとなる可能性が示された。

卵巣明細胞癌におけるPI3K経路、TP53シグナルを標的とした治療戦略
 p53は、細胞周期停止(細胞生存)とアポトーシス誘導(細胞死)という、一見矛盾する事象を使い分けている。新規標的遺伝子p53AIP1の機能を解析したところ、p53 (Ser-46)の特異的なリン酸化によりその発現が上昇し、p53依存性アポトーシスを誘導することが明らかとなった [17, 18]。PI3K経路の活性化は、MDM2の活性化を介して、p53機能を抑制し、抗アポトーシス作用をもたらす。卵巣明細胞腺癌では、PIK3CA変異を含めて、子宮体癌と同様にPI3K経路が広く活性化されている。そこで、PI3K/mTOR同時阻害剤DS-7423を、p53変異陰性の卵巣明細胞腺癌細胞株6種類に添加したところ、すべての株でアポトーシス誘導が確認された [19]。PI3K/mTOR阻害により、MDM2のリン酸化抑制、p53の活性化およびp53 (Ser-46)のリン酸化が生じており、その結果、p53AIP1の発現上昇、アポトーシス誘導に至ることが示された。

卵巣癌における染色体コピー数異常と網羅的発現解析
 卵巣明細胞癌においても、染色体不安定性は予後不良な傾向を示した。染色体コピー数異常の発生頻度をみたところ、卵巣漿液性癌ではFocal な(微細な領域の)増幅や欠損が多いのに対し、卵巣明細胞癌ではArm level(染色体の前腕・長腕全体)の増幅や欠損頻度が高いことが明らかとなった [20]。また、卵巣明細胞癌におけるマイクロアレイ解析により、予後を既定するクラスターが存在することを明らかとした [20]。現在、卵巣漿液性癌、卵巣明細胞癌のそれぞれ約80例について、全エクソン解析を施行しており、遺伝子変異プロファイル、予後に関連する因子、新たな治療標的分子の同定、塩基置換パターンの特徴について検討を進めている。

今後の展望
 上皮性卵巣癌における分子標的薬として、血管新生阻害剤であるBevacizumabに加え、PARP阻害剤や免疫チェックポイント阻害剤といった新たな薬剤の有効性が示されている。特に、PARP阻害剤オラパリブは2014年12月に欧米(FDA、EMA)で承認されており、日本でも今後の臨床応用が待たれる。しかしながら、オラパリブの欧米における適応は生殖細胞系を主としたBRCA 遺伝子変異陽性進行卵巣癌に限定されており、コンパニオン診断として遺伝子検査が必須となる。このように、卵巣癌における分子標的薬においてもバイオマーカーに基づく個別化治療が不可欠となりつつある。婦人科腫瘍領域の臨床医にとっても、分子標的薬・ゲノム医療の知識がますます求められるようになるであろう。現在、これまでの研究成果をふまえて、卵巣癌・子宮体癌における新規治療法の確立を目指し、独自の臨床試験を立案中である。基礎研究の継続とあわせて、産官学連携のもと、臨床試験および新規治療法の臨床応用に向けたトランスレーショナルリサーチについても積極的に取り組んでいきたい。

参考文献
1. Oda K, Stokoe D, Taketani Y, McCormick F: High frequency of coexistent mutations of PIK3CA and PTEN genes in endometrial carcinoma. Cancer Res 65:10669-10673, 2005
2. Rodriguez-Viciana P, Tetsu O, Oda K, Okada J, Rauen K, McCormick F: Cancer targets in the Ras pathwa. Cold Spring Harb Symp Quant Biol 70:461-467, 2005
3. Oda K, Okada J, Timmerman L, Rodriguez Viciana P, Stokoe D, Shoji K, Taketani Y, Kuramoto H, Knight ZA, Shokat KM, McCormick F: PIK3CA cooperates with other phosphatidylinositol 3'-kinase pathway mutations to effect oncogenic transformation. Cancer Res 68:8127-8136, 2008
4. Shoji K, Oda K, Nakagawa S, Hosokawa S, Nagae G, Uehara Y, Sone K, Miyamoto Y, Hiraike H, Hiraike Wada O, Nei T, Kawana K, Kuramoto H, Aburatani H, Yano T, Taketani Y: The oncogenic mutation in the pleckstrin homology domain of AKT1 in endometrial carcinomas. Br J Cancer 101:145-148, 2009
5. Shoji K, Oda K, Nakagawa S, Hosokawa S, Nagae G, Uehara Y, Sone K, Miyamoto Y, Hiraike H, Hiraike Wada O, Nei T, Kawana K, Kuramoto H, Aburatani H, Yano T, Taketani Y: Reply, Somatic mutations are present in all members of the AKT family in endometrial carcinoma. Br J Cancer. 101: 1220-1221, 2009
6. Murayama-Hosokawa S, Oda K, Nakagawa S, Ishikawa S, Yamamoto S, Shoji K, Ikeda Y, Uehara Y, Fukayama M, McCormick F, Yano T, Taketani Y, Aburatani H: Genome-wide single-nucleotide polymorphism arrays in endometrial carcinomas associate extensive chromosomal instability with poor prognosis and unveil frequent chromosomal imbalances involved in the PI3-kinase pathway. Oncogene. 29:1897-1908, 2010
7. Ikeda Y, Oda K, Nakagawa S, Murayama Hosokawa S, Yamamoto S, Ishikawa S, Wang L, Takazawa Y, Maeda D, Wada Hiraike O, Kawana K, Fukayama M, Aburatani H, Yano T, Kozuma S, Taketani Y: Genome-wide single nucleotide polymorphism arrays as a diagnostic tool in patients with synchronous endometrial and ovarian cancer. Int J Gynecol Cancer 22:725-731, 2012
8. Oda K, Ikeda Y, Kawana K, Fujii T. mTOR Signaling in Endometrial Cancer: From a Molecular and Therapeutic Point of View. Curr Obstet Gynecol Rep 4: 1-10, 2015
9. Shoji K, Oda K, Kashiyama T, Ikeda Y, Nakagawa S, Sone K, Miyamoto Y, Hiraike H, Tanikawa M, Miyasaka A, Koso T, Matsumoto Y, Wada Hiraike O, Kawana K, Kuramoto H, McCormick F, Aburatani H, Yano T, Kozuma S, Taketani Y: Genotype-Dependent Efficacy of a Dual PI3K/mTOR Inhibitor, NVP-BEZ235, and an mTOR Inhibitor, RAD001, in Endometrial Carcinomas. PLoS One 7:e37431, 2012
10. Inaba K, Oda K, Ikeda Y, Sone K, Miyasaka A, Kashiyama T, Fukuda T, Uehara Y, Arimoto T, Kuramoto H, Wada-Hiraike O, Kawana K, Yano T, Osuga Y, Fujii T: Antitumor activity of a combination of dual PI3K/mTOR inhibitor SAR245409 and selective MEK1/2 inhibitor pimasertib in endometrial carcinomas. Gynecol Oncol 138:323-31, 2015
11. Miyasaka A, Oda K, Ikeda Y, Sone K, Fukuda T, Inaba K, Makii C, Enomoto A, Hosoya N, Tanikawa M, Uehara Y, Arimoto T, Kuramoto H, Wada-Hiraike O, Miyagawa K, Yano T, Kawana K, Osuga Y, Fujii T: PI3K/mTOR pathway inhibition overcomes radioresistance via suppression of the HIF1-alpha/VEGF pathway in endometrial cancer. Gynecol Oncol 138:174-180, 2015
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17. Oda K, Arakawa H, Tanaka T, Matsuda K, Tanikawa C, Mori T, Nishimori H, Tamai K, Tokino T, Nakamura Y, Taya Y: p53AIP1, a potential mediator of p53-dependent apoptosis, and its regulation by Ser-46-phosphorylated p53. Cell 102:849-862, 2000
18. Oda K, Ikeda Y, Kashiyama T, Miyasaka A, Inaba K, Fukuda T, Wada-Hiraike O, Kawana K, Asada K, Sone K, Osuga Y, Fujii T. Characterization of TP53 and PI3K signaling pathways as molecular targets in gynecological malignancies. J Obstet Gynaecol Res, in press
19. Kashiyama T, Oda K, Ikeda Y, Shiose Y, Hirota Y, Inaba K, Makii C, Kurikawa R, Miyasaka A, Koso T, Fukuda T, Tanikawa M, Shoji K, Sone K, Arimoto T, Wada-Hiraike O, Kawana K, Nakagawa S, Matsuda K, McCormick F, Aburatani H, Yano T, Osuga Y, Fujii T: Antitumor Activity and Induction of TP53-Dependent Apoptosis toward Ovarian Clear Cell Adenocarcinoma by the Dual PI3K/mTOR Inhibitor DS-7423. PLoS One 9:e87220, 2014
20. Uehara Y, Oda K, Ikeda Y, Koso T, Tsuji S, Yamamoto S, Asada K, Sone K, Kurikawa R, Makii C, Hagiwara O, Tanikawa M, Maeda D, Hasegawa K, Nakagawa S, Wada-Hiraike O, Kawana K, Fukayama M, Fujiwara K, Yano T, Osuga Y, Fujii T, Aburatani H: Integrated copy number and expression analysis identifies profiles of whole-arm chromosomal alterations and subgroups with favorable outcome in ovarian clear cell carcinomas. PLoS One 10:e0128066, 2015
   
略歴
1994年3月 東京大学医学部医学科 卒業
1994年6月 東京大学医学部 産科婦人科学教室 研修医
1997年4月 東京大学大学院 医学系研究科 生殖・発達・加齢医学専攻 進学
2001年3月 同 修了
2001年4月 東京大学医学部 産科婦人科学教室 医員
2001年9月 埼玉県立がんセンター 婦人科 医員
2002年9月 東京大学医学部 産科婦人科学教室 助手
2003年7月 茨城県立中央病院 産婦人科 医員
2004年3月 東京大学医学部 産科婦人科学教室 助手
2004年12月 カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校癌研究所
Post Doctoral Research Fellow
2007年4月 東京大学医学部 産科婦人科学教室 助教
2013年1月 東京大学医学部 産科婦人科学教室 講師
2014年5月 東京大学大学院医学系研究科産婦人科学講座 生殖腫瘍学分野 准教授
現在に至る。
受賞など  
2001年 平成12年度 東京大学医師会賞
2002年 平成13年度 (第5回)(財)神澤医学研究振興財団 研究助成金
2005年 平成16年度 (財)住友生命社会福祉事業団 海外医学研究助成金
2006年 6th Marsha Rivkin Ovarian Cancer Symposium: Travel Award
2015年 日本産科婦人科学会 平成26年度学術奨励賞
2016年 平成27年度 (第18回)(公財)神澤医学研究振興財団 神澤医学賞