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Vol.85 生物の複雑さ(最終回)

細胞の大きさは、ふつう一ミリの約百分の一ぐらいである。それがだいたい何種類の物質でできているだろうか。一万種類と書いた本もある。私は自分で数えたことがないから、これが本当かどうか、じつは知らない。一万では少し多すぎるのではないかという気もする。しかし、ヒトの遺伝子は五万とも十万ともいわれるので、その五分の一から十分の一が、一つの細胞で働いているとするなら、タンパク質だけで一万種類あってもおかしくはない。遺伝子はまずタンパク質を作るからである。

もちろん細胞の成分はタンパクだけではない。種類が多いのは、糖であろう。糖の分子はつぎつぎにつながって長い分子を作る。そうした糖の鎖が、細胞の表面を覆っている。これを勘定にいれると、細胞の構成分子はもっと多いかもしれない。

私はこれだけ複雑なものを、どのていど人間が理解できるのか、やや疑っている。脳の場合も同じことである。脳の細胞の数を、よく百三十億などという。これも一つずつ、数えた人はいないはずである。百三十億の細胞がたがいにつながるのだから、そのつながりかたの組み合わせだけで、気が遠くなるほどの数になる。順列組み合わせの数は、物理や化学の世界で出てくる数とは、まさに桁が違う。そう思えば、一人の人間が、自然の法則に従って生きているというのは、まさに驚くべきことである。

養老先生の医学エッセイ

  1. 肝臓が悪い
  2. 死体で見る世相
  3. 舌はなぜ伸びるか
  4. 軟骨と骨はどう違うか
  5. 男と女はどちらが先か
  6. 肛門はあるか
  7. 病気と健康と
  8. 骨を折る
  9. 死んだ人の毛は伸びるか
  10. ことばと音楽
  11. ツバはなんのために出るか
  12. 眼はいくつあるか
  13. 男女の生みわけ
  14. 細胞の大きさ
  15. 手と足はどう違う
  16. ヒトと動物の違い
  17. 運動神経はあるか
  18. 悲しいとなぜ涙が出るか
  19. 卵管と精管は同じものか
  20. 骨はいくつあるか
  21. 痛みはどこで生じるか
  22. 心臓の痛み
  23. 大腸と小腸
  24. 五臓六腑
  25. 肺はなぜ黒い
  26. なくていいもの
  27. 怒る、泣く、笑う
  28. 病は気から
  29. 代理母
  30. かゆみ
  31. 奇妙な名前
  32. 大血管の左右
  33. ヒトはなぜ汗をかくか
  34. 運動とはなにか
  35. 腸の長さ
  36. 機械とからだ
  37. 脳死
  38. 脳のはたらき
  39. 色とはなにか
  40. よくできている
  41. いるもの、いらないもの
  42. 余分なもの
  43. 心臓を大切に
  44. 心臓がない
  45. ラセンとからだ
  46. 丸いもの
  47. 硬いもの
  48. 臓器の色
  49. おおう
  50. 詰める
  51. 滑る
  52. 食べて、たまる
  53. 古くなる
  54. 寿命が来る
  55. 噛む
  56. 減る
  57. はずれる
  58. 凝る
  59. 手の実物
  60. 身体とは何か
  61. 意識はどこからきたか
  62. 自分の脳
  63. 頭の毛
  64. 三位一体
  65. 脳のシワ
  66. 性格と血液型
  67. 美人
  68. 極端な特徴
  69. ネズミとヒト
  70. 首とはなにか
  71. 脳のシワ
  72. 脳の大きさと知能
  73. 脳が変わる
  74. 壊れた脳
  75. 色つきの図譜
  76. 心と心臓
  77. 人体標本
  78. 標本と模型
  79. 指はなぜ五本か
  80. 人中
  81. 生きている 死んでいる
  82. 簡単な生物
  83. どこまで遺伝子か
  84. 気が滅入る
  85. 生物の複雑さ(最終回)

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