目立つ傷あとを残さないために
スカーレスヒーリングという考え方
英語のスカーレスヒーリング(Scarless healing)は、直訳すれば「瘢痕なき治癒」ですが、まったくあとが残らず傷が治ることはありません。外傷や手術で傷ついた皮膚は、適切な環境下において再び増殖し、失われた真皮組織を補充するための線維芽細胞や、コラーゲン線維を多く含む肉芽によって修復されていきます。この治癒過程にできるものをまとめて瘢痕といい、これは傷が治るためには必要なもので、全くなくすことはできません。
正常に治った傷はほとんど目立たず、痒みや痛みもありません。しかし、なかには傷が治る過程で瘢痕が異常に増殖した結果、傷あとが赤く盛り上がり、痒みや痛みを伴ったまま残ることがあります。傷あとが顔や手足など目立つ部分に残った場合、見た目にも非常に気になり、傷は治ったものの、傷あとのことでずっと悩んでしまう方が多くいることも事実です。
そこで、このような目立つ傷あとを残さないようにして傷を治すことを目指した治療が考えられるようになりました。「傷あとが目立たない治癒」という意味で、スカーレスヒーリングといわれることもあります。
目立たない傷あとのために
傷口の異物は徹底的に除去する
傷口に土や破片などの異物が残っていると傷の治りを遅らせるとともに、肥厚性瘢痕の原因ともなります。傷口に付着している異物や皮膚の切れ端などは治療の前に徹底的に取り除きます。
傷口はきれいに洗浄する
傷口で生じる細菌感染は炎症を引き起こします。これも肥厚性瘢痕の原因となりますので傷口は水できれいに洗い流します。その際、消毒薬では十分に殺菌できず感染症を防げない上、傷口の細胞を傷害し、傷の回復を遅らせ、肥厚性瘢痕の生じる原因ともなるので、消毒薬は使用しません。
傷口は乾かさない
皮膚の細胞は、傷の表面上を移動・増殖して傷を覆いますが、乾いた状態の上に皮膚の細胞は増殖できません。傷口を乾かすと治癒を遅らせ目立つ傷あとが残る原因となります。かさぶたを作らないように、湿潤を保つ保湿性の保護材を使って傷口を覆います。ガーゼや脱脂綿は水分を吸って、傷口を乾燥させるので傷口の保護には使用しません。
治療法(傷あとの治療・修正)
傷あとの治療は形成外科へ
通常のけがの場合、外科で治療を行ないますが、傷あとが目立たなくなるような治療がしたい、できてしまった肥厚性瘢痕やケロイドを目立たなくしたいという時は主に形成外科で治療を行ないます。
形成外科医はそのために必要な技術を習得していますし、そのための特殊な器具もそろえてあります。顔や手足のような露出部位に傷を受け、その傷あとを残したくない場合は、できるだけ早く形成外科を受診しましょう。最近は各地に形成外科がありますので、すぐに専門医に治療してもらえるようなら、直接形成外科に行くことをおすすめします。そうでない場合でも、いったん救急病院で手当てを受けた後などに、形成外科医に相談してください。
薬物療法
肥厚性瘢痕・ケロイドの治療に使われる薬剤には、外用薬、注射薬と内服薬があります。
<外用薬>
ステロイド含有軟膏
ステロイド含有テープ
ヘパリン類似物質含有軟膏
<注射薬>
懸濁性ステロイド注射剤
<内服薬>
肥厚性瘢痕・ケロイド治療剤
*薬物療法は、内服薬、外用薬、注射薬を組み合わせて行います。
内服薬
内服薬は、肥厚性瘢痕・ケロイドが増大するのを抑制したり、痒みや痛みといった自覚的な症状を改善したりするタイプのお薬です。
より確実な効果を得るためには、傷あとが異常に膨らみ、痒みや赤み、痛みが出たら、できるだけ早い段階から服用することがポイントです。飲み続けることで徐々に効果が現れます。医師の指導の下、3カ月~半年位続けて服用すると効果的です。
外用薬・注射薬
外用薬や注射薬にはステロイド剤(副腎皮質ホルモン剤)という種類のお薬を使用します。注射の場合、7~10日に1回実施しますが、通院する必要があり、長期間の通院となることもあります。
また、ステロイド剤は効果もあるかわりに副作用も強い薬です。ステロイド剤のことをよくわかった専門医のもとで治療を受けることが必要です。
圧迫療法
患部にスポンジなどを用いて、傷あとが盛り上がってくるのを物理的に抑える方法です。
発生初期のケロイドなどには有効なこともありますが、ある大きさまで進んでしまった場合にはそれほどよい効果は得られないようです。
保湿材料
肥厚性瘢痕・ケロイドには適度な湿度を保つのが有効であるとされており、そのためにシリコンのシートを使うことがあります。
放射線療法
ケロイドの治療に放射線を利用することは、とくに発症予防には有効であり、時に手術と併用されます。
外科的療法
文字通り肥厚性瘢痕・ケロイドを手術で切除する方法です。最も劇的な効果を生む方法ですが、手術自体が体に傷をつけることなので、かえって傷あとを悪化させる場合もあります。いずれにしても治療に当たっては形成外科の専門医とよく相談して行うことをおすすめします。
監修
川崎医科大学形成外科学教室 教授 森口隆彦 先生
監修者の所属及び肩書きは監修当時のものです。
作成:2004年