私の透析体験談
このコーナーでは、仕事や趣味などを通じて充実した毎日を過ごされている透析患者さんにご登場いただき、
透析療法を続けながらも人生を楽しむコツなどについて お話しいただきます。

私の透析体験談 Vol.9
「生野菜が食べたい!」という思いから低カリウム野菜を開発
からだに良い野菜をもっと作りたい。

小川 敦史(おがわ あつし)さん(46)血液透析歴 13年 写真
透析治療を受ける患者さんは、野菜や果物を食べる際にはカリウムのとり過ぎに気をつけなければいけません。ご自身も透析を受けられている作物生理分野の研究者の小川敦史さんは、「透析をしていても生野菜が食べたい」という思いから、それまで無理だと思われてきたカリウムを減らす野菜の栽培法を見いだしました。
低カリウム野菜の栽培に成功した後も、さまざまな種類のからだに良い野菜づくりの研究を進めており、その成果は海外の企業からも注目を集めています。
「透析がきっかけになって、研究分野だけでなく幅広い人たちとのつながりが広がった」と楽しそうに語る小川さんに、透析治療を続けながら人生をより実り多いものにする秘訣をうかがいました。

小川 敦史(おがわ あつし)さん(46)
血液透析歴 13年

透析治療を受ける患者さんは、野菜や果物を食べる際にはカリウムのとり過ぎに気をつけなければいけません。ご自身も透析を受けられている植物生態学者の小川敦史さんは、「透析をしていても生野菜が食べたい」という思いから、それまで無理だと思われてきたカリウムを減らす野菜の栽培法を見いだしました。
低カリウム野菜の栽培に成功した後も、さまざまな種類のからだに良い野菜づくりの研究を進めており、その成果は海外の企業からも注目を集めています。
「透析がきっかけになって、研究分野だけでなく幅広い人たちとのつながりが広がった」と楽しそうに語る小川さんに、透析治療を続けながら人生をより実り多いものにする秘訣をうかがいました。
野菜のカリウムを減らしたい…自身の研究経験からある「栽培法」に着目
小川 敦史(おがわ あつし)さん(46)血液透析歴 13年 写真1

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透析治療はいつ頃始められたのでしょうか。
2004年の春、32歳の頃に、ひどい頭痛が続いていたので脳ドックを受けました。その時、医師から腎臓が悪いと指摘されたことがきっかけです。詳しく検査したところ、いずれ透析療法を受けるかもしれないことが分かりました。

思い返すと当時、健診で蛋白尿が出ていたのですが、14、5年前の当時は、「蛋白尿が出たら腎臓が悪くなっている」とは思いつきませんでした。疲れているから蛋白尿が出るんだなとしか思わず、病院には行きませんでした。
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保存期はどのように過ごされたのでしょうか。
それから、なるべく透析を始めるのを遅らせるために食事療法を始めました。当時、結婚したばかりだったのですが、妻が料理好きで、とても協力的で助かりました。塩分を減らそうと二人で塩分量を量ったり、たんぱく量の目安にお肉を量ったり、低たんぱくのご飯を試したりしました。
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どのようなきっかけで、低カリウム野菜を作ろうと思ったのですか?
食事療法について調べていくうちに、カリウムをとり過ぎてはいけないことを知りました。けれども、調べていくとカリウムが入っていない野菜はないことが分かってきました。野菜のカリウムは水にさらしたり、茹でたりすれば減りますが、ゼロにはできませんし、茹でるとビタミンCなども減ってしまいます。

それと、野菜をカリウムの摂取量を考慮しながら必要な量を食べるのは、けっこう難しい。だから、透析をしていると、カリウムを気にして、野菜、特に生野菜を全然食べない方が結構いらっしゃいます。でも、レタスなどの葉物野菜は生で食べたいですよね。それに、透析患者さんは野菜をとらないので、食物繊維がとれずに便秘で悩んでいる方が多いのです。

そこで、野菜に含まれるカリウムの量が少なければ、ある程度食べても摂取量を抑えられるのではと思いつきました。幸い、植物がどうやって水や肥料を吸っているのか、植物の根の研究をしていますので、「栽培方法を工夫すれば、もしかしたら野菜のカリウムを減らせるのではないか?」と思ったんです。それで、学生の卒業研究のテーマに、低カリウム野菜の栽培を勧めたのが研究を始めたきっかけです。
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カリウムの少ない野菜を栽培するヒントはあったのでしょうか。
実は、野菜の栽培法は専門外でした。でも、カリウムは植物の三大栄養素の一つで不足すると植物は育たないことと、植物の根の研究を進める中で栽培条件を変えると植物の成分も変わることを知っていました。そこで、「水耕栽培」に注目しました。

土を使って植物を栽培すると、途中で肥料を変えることはできませんが、水耕栽培であれば液体肥料の成分を成長の途中で変えることができます。植物はカリウムがないと死んでしまうので、最初は肥料にカリウムを入れておいて、植物がある程度成長したら、途中でカリウムがない肥料に変えてあげます。植物は意外と鈍感なので、カリウムがなくてもしばらくは育ちます。そうするとカリウムが少ない植物が収穫できる、というわけです。
小川 敦史(おがわ あつし)さん(46)血液透析歴 13年 写真2

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「必要は発明の母」とはよくいわれますが、まさにその通りの研究にチャレンジされたのですね。
それほど大げさなものではないですが、ただ、野菜に含まれるカリウムが減れば、生でも食べられるようになるかもと思っただけです。それと、野菜については、患者さんだけでなく、料理をするご家族も気にされています。

透析を受ける患者さんは茹でて食べるけど、その他の家族は生で食べるとなると料理にもひと手間かかります。家族みんなで同じものが食べられたらいいのかな、という思いもありました。それまでも「身近で役に立つ研究をしたい」と思っていましたので、腎臓が悪くなったことでとても大きい研究テーマに出会えたと思っています。
低カリウム葉物野菜の実用化に成功!機能性野菜の栽培法も研究中
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水耕栽培の技術を使うと、どんな野菜を低カリウムにできますか。
カリウムの量が最も多い野菜で栽培に成功すれば、他の野菜でもきっとうまくいくだろうと思い、実験はホウレンソウから始めました。ホウレンソウの栽培に成功した後も「他の野菜でもやってみたら」と言われて、いろいろな野菜でチャレンジしました。

今ではレタス、サンチュ、小松菜、チンゲン菜など、ほとんどの葉物野菜でカリウムの量を減らすことができます。実となる植物はカリウムをあまり減らせませんが、トマトやイチゴ、スイカ、メロンで成功している話も聞いています。やっぱり果物も食べたいですから。
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ジャガイモなどの根菜はどうでしょうか?
残念ながら、ジャガイモなどは水耕栽培が難しいので、土で試してみていますが、まだ成功していません。ジャガイモは成長するのに、どうしてもカリウムが必要なのです。でも、いつか低カリウム野菜だけで作ったカレーを食べてみたいと思っています。
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低カリウム野菜ではカリウムをどのくらい減らせるのでしょうか。
ホウレンソウの場合には、普通の野菜に比べてカリウムの量を約4分の1に減らすことができました。
小川 敦史(おがわ あつし)さん(46)血液透析歴 13年 写真3

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カリウムを減らした野菜の味はいかがですか。
いくらカリウムが少ないといっても、おいしくなければ商品になりません。低カリウム野菜は普通の野菜に比べるとえぐみが少なくて、おいしいという感想をよく聞きます。カリウムに代わってナトリウムを入れてあるので多少、味が濃いという特徴もあります。
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カリウムの代わりにナトリウムが入っているのですか?
ナトリウムは微量に増えるだけなので、食べても身体に影響はありません。それに、ナトリウムは他の食べ物で摂取する量を調節できますが、カリウムはほぼ野菜で調節するしかないので、ナトリウムが増えるデメリットよりもカリウムが減るメリットの方が大きいと考えています。
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この技術に注目している企業も多いのではないでしょうか。
1980年代、90年代に続いて、実はいま第三次植物工場ブームなのが追い風になっています。2008年頃のリーマンショック後に、半導体工場のクリーンルームの再利用に植物工場が適していたことや、コスト面を考えて付加価値のあるものを作りたいという要望があったことが影響しています。

これまでに約150社から引き合いがあり、現在では10社ほどが実際にこの技術を応用して低カリウムのレタスを栽培しています。イタリアや台湾の企業からも問い合わせがありました。
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低カリウム以外の野菜も作れるのでしょうか。
水耕栽培の溶液の成分を変えれば、植物に含まれる成分を減らせるだけでなく、増やすこともできます。そこで、高齢者も増えていますし、骨粗鬆症になるとちょっとしたことで骨折しやすくなりますので、骨が強くなるように、カルシウムやマグネシムを多く含む野菜の栽培法を開発しました。

また、最近、日本人は鉄分や亜鉛が不足しているともいわれますので、普通の野菜よりもこれらが多い野菜の栽培法の研究も進めています。不足しがちな栄養素を補えるサプリメンタル・ベジタブル(機能性野菜)も今後、広がっていけばいいなと思っています。
日課は5歳の娘と遊ぶこと。娘の成人した姿をみるのが楽しみ
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食事には普段からいろいろと気をつかわれているのでしょうか。
透析治療を始めてからは、カリウムやリンを除去する薬もきちんと服用しており、保存期に比べれば食事制限は緩やかになりました。食事は食べる量を適量に抑えることが大切だと思います。透析生活にも慣れた今はその分量がだいたい目分量で分かるようになってきました。
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水分についてはどうですか? 水分を抑える工夫はされていらっしゃいますか。
水分制限を始めた当初は、やっぱりたくさん飲みたくなることはありましたけど、これも慣れでしょうか。お酒を飲んだり、塩辛いものを食べたりすると喉が渇いて水を飲みたくなりますけど、幸いなことに私はお酒を飲みませんし、関西出身なので薄味が好きなんです。妻も薄味の食事を作ってくれていますので、それほど喉が渇くこともないです。水分をとりすぎることがないので、体重もそれほど増えることはありません。
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お子さんがいらっしゃるとお聞きしました。
はい。最初は不安もあり、あきらめていた時期もありましたが、それでも子どものいる生活を送りたいと次第に考えるようになりました。治療環境なども含めて妻と相談した結果、子どもを授かることができました。
小川 敦史(おがわ あつし)さん(46)血液透析歴 13年 写真4

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お仕事と子育て、透析治療の両立は大変ではありませんか?
幸いにも、私は職場の理解があり、仕事の時間も多少は融通がききます。それに、病院も自宅のすぐそばで、偶然にも夜遅くまで透析をしてくれるので、そうした環境にも助けられています。

毎日、娘を保育園に迎えに行くのが日課で、楽しみにもなっています。仕事を終えて保育園に娘を迎えに行って、娘に夕食を食べさせて、お風呂に入れてから、週3回病院で透析を受けています。治療が終わったら、あとは帰って寝るだけなので、透析治療を受けること自体は、それほど負担とは思っていません。
――
透析治療をしていても、生活はそれほど大きく変わっていませんか?
そうですね。透析に1日4時間を取られるという時間的な制約はありますが、大きく負担を感じることはないです。治療を受けても、体重もあまり変わらないですし、疲れを感じることも今のところあまりないです。

腎臓が悪いと指摘された時や透析を始めた頃は確かに落ち込みました。でも、透析治療も大きく進歩して、そのおかげで今、生きられているわけです。それに、治療を始めたことをきっかけに研究分野が広がりましたし、研究を通じて新しい出会いもありました。透析生活は悪いことばかりではないと思っています。
――
毎日の楽しみは娘さんと一緒に過ごす時間でしょうか?
はい。時間があれば、平日でも休日でも毎日、娘と遊んでいます。
――
趣味や今後の夢についてお教えください。
趣味を持つのは子どもの手が離れてから考えます(笑)。40歳を過ぎてから生まれた子どもなので、とにかく可愛くて。娘が生まれてからは出張も減らして、それでも出張する時はいつも日帰りです。

娘が成人するまで、そして定年を迎えるまで、できればその後も元気でいたい。それが将来の夢といえるでしょうか。透析治療の技術も進歩していますし、しっかり治療をして子育てと仕事のどちらも頑張っていきたいと思っています。
小川 敦史(おがわ あつし)さんのプロフィール
奈良県出身。
名古屋大学大学院農学研究科から秋田県立大学生物資源科学部に赴任。
現在、同学部生物生産科学科 作物生態学講座の教授を務めている。
2005年(33歳)に透析を導入。
2008年、「低カリウムホウレンソウおよびその栽培方法」で特許を取得。
2013年には待望の長女が誕生する。
監修医からのアドバイス
昭和大学医学部内科学講座 腎臓内科学部門 客員教授 秋澤 忠男 先生

昭和大学医学部内科学講座 腎臓内科学部門
客員教授
秋澤 忠男 先生

カリウムには心臓や筋肉の働きを調整する重要な働きがあります。体内のカリウム量は多過ぎても少な過ぎても体に異常が生じますが、カリウムは主に腎臓から排泄されるため、腎機能が低下すると、体内に蓄積されやすくなります。

体内にカリウムが多過ぎると心臓が止まってしまう危険性がある一方、1回の血液透析でカリウムを大量に除去しようとすると、血液中のカリウム濃度が急激に変化して不整脈が生じることもあります。そのため、血液透析患者さんは、体内にカリウムが過剰に蓄積しないように、カリウムを多く含む食品の摂取に注意が必要です。

野菜にはカリウムが多く含まれており、茹でこぼしたり、小川さんが開発した栽培方法で作られた低カリウム野菜を利用したりといった工夫が大切です。けれども、いずれの方法でもカリウムの摂取量を無くすことはできません。また、カリウムは海草やいも類、乳製品などにも含まれていますので、これらの食べ過ぎに気をつけることも重要です。

血液透析患者さんのカリウム摂取量は、1日に2,000mg以下にすることが推奨されていますが、その人の体格や残っている尿量などによっても異なります。小川さんは、食べる分量について、「長年の透析生活で適量が分かるようになった」とおっしゃっています。透析療法を始められたばかりの方は、食事の内容を記録して、血液検査の結果と見比べることで、どのような食品をどのくらい食べたらよいか、ご自身の適量を把握するとよいでしょう。

小川さんとは低カリウム野菜の研究会でご一緒したことがあり、患者さんの目線から患者さんに必要な低カリウム野菜の開発に真摯に取り組んでおられます。カリウムを下げる薬が不要となるよう、小川さんの研究のますますの発展をお祈りしたいと思います。
カリウムには心臓や筋肉の働きを調整する重要な働きがあります。体内のカリウム量は多過ぎても少な過ぎても体に異常が生じますが、カリウムは主に腎臓から排泄されるため、腎機能が低下すると、体内に蓄積されやすくなります。

体内にカリウムが多すぎると心臓が止まってしまう危険性がある一方、1回の血液透析でカリウムを大量に除去しようとすると、血液中のカリウム濃度が急激に変化して不整脈が生じることもあります。そのため、血液透析患者さんは、体内にカリウムが過剰に蓄積しないように、カリウムを多く含む食品の摂取に注意が必要です。

野菜にはカリウムが多く含まれており、茹でこぼしたり、小川さんが開発した栽培方法で作られた低カリウム野菜を利用したりといった工夫が大切です。けれども、いずれの方法でもカリウムの摂取量を無くすことはできません。また、カリウムは海草やいも類、乳製品などにも含まれていますので、これらの食べ過ぎに気をつけることも重要です。

血液透析患者さんのカリウム摂取量は、1日に2,000mg以下にすることが推奨されていますが、その人の体格や残っている尿量などによっても異なります。小川さんは、食べる分量について、「長年の透析生活で適量が分かるようになった」とおっしゃっています。透析療法を始められたばかりの方は、食事の内容を記録して、血液検査の結果と見比べることで、どのような食品をどのくらい食べたらよいか、ご自身の適量を把握するとよいでしょう。

小川さんとは低カリウム野菜の研究会でご一緒したことがあり、患者さんの目線から患者さんに必要な低カリウム野菜の開発に真摯に取り組んでおられます。カリウムを下げる薬が不要となるよう、小川さんの研究のますますの発展をお祈りしたいと思います。

取材実施日:2018年12月5日 ※取材させて頂いた方の所属、役職等は取材当時のものです

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